どうでもよくない。

 


 男の腕時計の魔力、みたいな広告記事が目に飛び込んできて、機械フェチ心性はあるのでほぉほぉと眺めていたら、タイ上司と日本上司が腕時計談義をしている数年前の光景がよみがえってきて、ああそうなのかと納得した。当時その光景をみてなんかダセェと思ったのは、数十万円からのそれら高級時計を揃えることの、経済価値に換算された自己評価への期待からなるマウンティングへの欲望がどうにも丸出しで、酔いしれている風なのに時計が個々にもつ履歴とかフォルムへの感性練磨の形跡が、語ることばたちから正直伝わってこない。そこが好めなかった。

 

 時計、ね。時を計るもの。

 

 ところでふだんのぼくは破れたズボンを履き、穴の空いたカバンを背負って仕事へ出かけるのがバンコクでも東京でも常態になっていて、「もういい歳なんだからみすぼらしい恰好はやめなさい」みたいな助言やお叱りも頂戴するのだけれど、こういうモードになったのは実を言えばタイ移住以降のことで、つまりこの何年かの話になる。たとえば藝大学生時や某消費者金融で働いていた頃はいつもクルタとかインドやらチベットやらで買った服を着ていて、その予兆もあった男子中~男子高時代はよく婦人服売り場を漁っていた。ウエストが細すぎて紳士服ではサイズがなく、子供服では袖の長さや腿の太さが足りないのに比べ、女性服はデザインがまず豊富で選ぶ楽しみがありサイズ的にも最適だった。
 ちなみに連れの級友男子の幾人かが、婦人服売り場にだけは一緒に入ってくれなかったのが当時は不可解だったけれど、いま思えば男の園に適応しガールフレンドもいない童貞の反応としてそれは当然だったのかもしれない。

 

 だから最近知り合ったひとのほとんどからは、ぼくは服に興味がないというか、基本ダサい感じの男に思われているはずだけれど、実は一着を買うため何日もかけ街から街へさまよう時期や、テレ東でやってたパリコレ実況番組を録画し関連雑誌にあたりモードチェックに余念のない時期すらあり、もはや自分で作るほうが早いのではと服飾の教室へ通う時代があって、今日がある。こう書いていて自分でも意外すぎるから、たぶん周囲の誰もが驚くだろうけれどこれは事実で、ではなぜ今はこんな風になっちゃったのか。というのも今着ている服は、下着や肌着やTシャツの類を除けばほとんどが十年選手で、趣味が十年前と変わらないというよりは、そこには選択の営みが介在しない。社会性の欠如も甚だしい。

 

 これは服だけでなく例えばヘアスタイルにも言えて、という前にそもヘアとは何か。という域に達した屈託を抱えることだけは、実際会えば即座に納得してもらえるスタイルで、一時出家がどうのタイ移住がどうのと勝手に思い込まれていたりもするけれど、興味がないのでこちらから訂正することもとくにない。
 というか一度そう考えてみるとあれれ不思議と、住環境も仕事もすべてがそのようなフレームで捉えなおせるかもしれないと気づきだす。気づいちゃう。どうしてこうなった。いつのまに。

 

 

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 好きな子にもらった赤い腕時計を、ずっとつけていた。たぶん、中2か中3くらいから。極小の時計盤には、数字のかわりに色とりどりの国旗が並んでた。何年もつけていて、その子と会わなくなった十代の終わりに、赤い革のバンドがちぎれた。そのあとはもう、時間を確認するため手首を見る習慣はなくなった。

 

 《どうでもいい》は、《どうでもよくない》なしには成立しない。

 

 「型なし」の自由も、「型」なしではあり得ない。それが人間を生きるということで、だから各々が描いてきた履歴とフォルムの教える指標に照らして、彼ら上司たちは実直すぎるほど実直に、真っ当に生きているからその姿を見て、ダサいとぼくはきっと感じた。のだとすれば、それはどうにもわかりやすい話になる。ダセェダセェと粋がっている人間の放つダサさは切ないほどで、言うまでもなく粋からはほど遠い。息してあるこの時間をただ充たすこと。生きられるその連なりの先で、ともにあること。
 ことばにするとなんだかとても、シンプルだけれど。

 

 時は経るもの。心は過去のもの。